夏のある日、華火はアガサの部屋を訪ねた。
ぴんぽーん、と軽いチャイムの後、部屋の主は直ぐに顔を出す。
どうしたのー?なんて暢気な顔で笑って出迎えた。
「戦争のときは心配かけてごめんなー?」
お詫びになー?と差し出されたのはケーキの箱。
「そんなー、気にしないで良いのにー。」
と、少しだけ申し訳なさそうに笑った後、良かったらあがってってよー?と華火を招き入れた。
「へぇ、2人の部屋ってこうなってんだ?」
小さな友人とルームシェアしている部屋を華火が見渡す。
手前の部屋が居間件アガサの部屋で、奥がユーリの部屋らしい。
「うんー、でも最近はユーリ帰ってこないからユーリの部屋で寝てるし、俺の部屋綺麗なんだよー。」
男の部屋には似つかわしくない大きなウサギのぬいぐるみの置かれた簡素なソファベッドと
折りたたみ式のテーブルと絵本の入った小さな本棚以外にはあまり家具の無いアガサの部屋に通され、
華火はそのソファベットに腰掛けた。
暫く、ケーキを食べつつ麦茶を飲んで。
最近の学校の話や戦争の事など取り留めの無い話をして。
「そういやこのウサギってユーリちゃんの?」
不意に気になって尋ねてみる。
すると、今まで見せた事無いようないとおしげな表情で其れを抱き
「大好きな人から貰った、俺の友達だよっ」
なんて、嬉しそうに答える。
…ああ、本当にその相手が好きなんだなあ、というのが言われなくても判るほどに
その笑顔は、幸せなものだった。
「まあでも、離れたんだからウサギさんに頼るのも辞めなきゃなってわかってるんだけどねー」
「離れた…って、別れた恋人からのプレゼント?」
「うんん、付き合ってるとか恋人とかじゃないんだけど、大事な人なんだ。
…傍に居ると一緒に当たり前になって、離れるときが来るのが怖くて、
だから、嫌われる前に俺からはなれたんだけどさっ」
不意に見せる、不思議な歪み。
普段の暢気な彼からは予想がつかないほどの臆病な顔に華火は驚きつつも
戦争で怒った件に関係しているのだろうと容易に想像がついて。
だから、少しの沈黙の後
「そういえば学園祭楽しみだねー!俺水着コン出るんだーっ」
なんて、話を変えてきたアガサに
「お、水着コンテストでるんだ?皆張り切ってるし、楽しみだな!」
と、笑顔で返す。
その後、お互いにその件に触れずに、学園祭の話で盛り上がった。
「ケーキ、本当にありがとうねっ!」
夕方になり、アガサがバイトに行くとの事だったので一緒に部屋を出る。
「はは、どーいたしまして?バイト、頑張れよ?」
くすりと笑い、肩をぽんと叩くと笑顔で頷いて。
それじゃあ、いってくるね!…そういって先に階段を下りていく背中を見送る。
その姿が見えなくなってから、華火は部屋へと戻るのだった。
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